はじまりは薬酒として
私たちはリキュールがあることによって、花の香りや果物の風味のついたお酒を気軽に楽しむことができる。一般的に、リキュールとは、蒸留酒に植物の香料や砂糖などを加えてつくられた混成酒のこと。日本においては酒税法第3条で、「酒類と糖類その他の物品(酒類を含む。)を原料とした酒類でエキス分が二度以上のもの」と定義されている。
さて、このようなリキュールの歴史は古い。一説では、古代ギリシャの医師・ヒポクラテスが薬草をワインに漬け込んでつくった水薬がその起源とされる(ワインは蒸留酒ではなく醸造酒のため、現在のリキュールの範疇から外れるという説もある)。その後は中世の錬金術師や修道士たちが、蒸留酒に薬草や香草類を混ぜ合わせることで、より身体によいとされる酒をつくるよう改良していった。なかでも、スペインの錬金術師で医者でもあったアルノー・ド・ヴィルヌーブとラモン・ルルが、現在のリキュールのスタイルをつくりだしたとされており、その酒は「Liquefacere」(=リケファセレ)と呼ばれた。これはラテン語で「溶け込ませる」という意味。植物の有効成分が溶け込んでいる、ということからつけられた名前だ。ちなみに、アルノー・ド・ヴィルヌーブはブランデーの祖でもある。このように、当初のリキュールは「薬酒」としての色合いが濃く、発展していった。
現在のリキュールのスタイルをつくったとされるアルノー・ド・ヴィルヌーブ(1493年刊行『ニュルンベルク・クロニクル』より)
ラモン・ルルは、医者、数学者、作家、神学者など多彩な才能を発揮した(Smithsonian Librariesより)
薬から香りを楽しむものに
こうした薬酒的意味合いの強いものから、現在のような香り重視のリキュールへと変わったのは15世紀ごろのこと。イタリアのミケーレ・サヴォナローラという医師が、当時身体によいとされていたブランデーをある女性患者に勧めたところ好みに合わずなかなか飲むことができない。そこで、ブランデーに女性の好きなバラの花の香りをつけたところ、喜んで飲んだという。これが評判となり、このリキュール「ロゾーリオ」は人気を得て、よい香りをつけるということが広まっていった。
さらに、15世紀は大航海時代が始まった時期でもある。それまでヨーロッパにはなかった香辛料や果物が、世界中から持ち込まれるようになった。となると、それらを活かしたリキュールづくりも盛んになる。なかでも代表的なものは「オレンジ・キュラソー」。これは1695年にカリブ海に位置するオランダ領キュラソー島産のオレンジを使い、オランダ本国でつくられたもので、現在では定番リキュールとして人々に知られている。このような時代を経て、リキュールは香り重視のものへと変わっていった。
一方、日本におけるリキュールの歴史はどのようなものなのだろうか。
日本にこれまで述べたような西洋のリキュールが伝わった時期については諸説ある。16世紀にイエズス会の宣教師が持ち込んだという説、いやそれは江戸時代のオランダやイギリスの宣教師だ、などである。文献上は、1853(嘉永6)年に来航したアメリカ合衆国東インド艦隊司令長官のペリー提督が、徳川将軍家への献上物、また幕府高官の接待として使ったマラスキーノが初登場となる。マラスキーノは、マラスカ種のチェリーを原料とした無色透明の甘いリキュールの一種。飲みやすく、西洋の酒に慣れない日本人にも好評だったようだ。
魅力ある日本のリキュール
もっとも、西洋から伝えられなくとも、古来、日本にも“リキュール”は存在した。
その一番古いものは「お屠蘇」である。もともとは中国で生まれたものが、平安時代初期の日本に伝えられ、宮中行事などに使われた。清酒やみりんに白朮(びゃくじゅつ)、桂皮(けいひ)、桔梗(ききょう)、防風(ぼうふう)、山椒(さんしょう)などを漬け込んでつくられた。これらの植物は薬草としても知られており、西洋と同様に薬酒としての意味合いが強いものであった。
ほかにも「菊酒」というものもある。これも起源は中国であり、薬用の観点からも植物などを研究しようという江戸時代の本草学(ほんぞうがく)の書物『本朝食鑑』によると、菊酒には2種類があるとされる。一つは、菊の花びらを浸した水で日本酒を仕込んだもの。もう一つは、菊の花を焼酎に浸したのち煮沸、さらに氷砂糖を加えたものである。
お屠蘇も菊酒もともに、平安時代以降の貴族社会で嗜まれ、庶民にまで広まったのは江戸時代に入ってからのこと。そして、さらに、日本の代表的なリキュール「梅酒」もつくられるようになる。そう、梅酒もリキュールなのである。
しかし、現代では、その梅酒を超える生産量を誇る、日本を代表するリキュールが生まれ、多くの人に愛飲されている。それは「チューハイ」。チューハイというと、焼酎を炭酸水で割ったものと考えがちだが、現在は焼酎だけではなくウォッカなどの蒸留アルコールをベースに、フレーバーや果汁、お茶等で割ったものもある。そして、これらの多くは冒頭に述べた日本の酒税法ではリキュールに分類される。
その製法についても、メーカー各社の切磋琢磨により技術が磨かれ、果汁のみずみずしさを保つために凍結してつくられるものなど、さまざまな製品が生まれている。
このように「リキュール」と聞くと言葉から西洋を連想しがちだが、実は日本独自の発展を遂げ、西洋のそれとは違う魅力もつくりあげているのだ。
日本最古のリキュールであるお屠蘇。当初は薬酒としての意味合いが強かった。