商品ブランドの歴史 商品ブランドの歴史

ロバートブラウン

1974年発売時パッケージ

1974年発売時パッケージ。釣鐘をモチーフにしたユニークなボトルデザインは現在も引き継がれている。


富士御殿場蒸溜所 第一号ウイスキー 「ロバートブラウン」

日本で、日本人の嗜好に合ったウイスキーをつくりたい、そして世界に通用するウイスキーをつくりたい・・・そんな想いでつくられたのが「ロバートブラウン」でした。

ウイスキーが日本に本格的に普及したのは第二次世界大戦後のことです。1950年代後半からハイボールなど新しいウイスキーの飲用スタイルが普及しはじめ、豊かさを求める人々の上昇志向に応える価格・クラス別の品揃えの充実と飲みやすい水割りスタイルの提案により、ウイスキーブームが起きていました。1971(昭和46)年には、アメリカのバーボンウイスキー、フランスのコニャックに続いて、イギリスのスコッチウイスキーが輸入自由化。翌年には関税も引き下げられたことで、高級酒の扱いを受けていたウイスキーは手が届きやすくなり、輸入洋酒(※)ブームが起きました。
(※ここではウイスキー、ブランデー、リキュール類などを指します。)

そのような中、キリンビール株式会社は1971(昭和46)年9月14日、アメリカのシーグラム・オーバーシーズ・セールス・カンパニーの製品の国内販売を開始し、洋酒事業に参入しました。翌1972(昭和47)年8月3日、当社とシーグラムグループの合弁会社として、キリン・シーグラム株式会社を設立し、静岡県御殿場市に蒸溜所の建設を開始しました。夏は涼しく、冬は厳しい寒さになり、霧が多い御殿場は、スコッチウイスキーの産地であるスコットランドのハイランド地方に気候が似ていたのです。およそ50年の歳月を経て濾過され、自然によって研かれた富士の伏流水がマザーウォーターとなりました。

キリンビールの国産ウイスキー第1号の計画は、シーグラムグループと提携した1971(昭和46)年から始まりました。世界に通用する高品質のウイスキーを日本でつくるという方針のもと、ウイスキーのブレンディング(調合)を担当するブレンダーは、スコットランドとアメリカで技術研修を受け、現地で試作品づくりに取りかかりました。競合会社のウイスキーとも比較しながら、合計で93種類ものサンプルをつくり、社内での試飲を経てブレンドの基本的な処方を固めていきました。1972(昭和47)年7月に再び渡米し、スコットランドから運ばれてきた原酒をもとに、アメリカ・ボルチモアのダンドーク工場で試作品をつくり、同年10月に日本に輸入しました。最終的に絞られた3種類の中から選ばれたのが、香りがよく口当たりがスムーズな「ロバートブラウン」になったのです。


1974年発売時パッケージ

1974年発売時パッケージ。釣鐘をモチーフにしたユニークなボトルデザインは現在も引き継がれている。


現在の「ロバートブラウン」

現在の「ロバートブラウン」


商品名は社内外から挙がった約1,300の候補の中から約1年をかけて絞り込み、「ロバートブラウン」が選ばれました。この名は、かつてシーグラム社がスコットランドに進出したときのスコッチウイスキーの蒸溜所の名前であり、キリン・シーグラムによって初めて製造される本格的ウイスキーにふさわしいものとして選ばれました。また、このロバート・ブラウンという名前はスコットランド人の典型的な名前のひとつでもあるそうです。

ボトルはシーグラム社の国際的なパッケージング・デザイナーであるW.コーナー氏の作品です。来日した際に出会った、京都の古い寺の釣鐘をモチーフにつくられました。

現在のロバートブラウンは富士御殿場蒸溜所で造られたモルト・グレーン原酒と海外産の原酒をブレンドすることで完成します。複数の原酒をブレンドすることで味を安定させ、いつでもお客様に楽しんでもらえる味覚を提供しています。
ウイスキーの香りや味わいはアルコールの中に溶け込んでいるので、水を加えるとアルコール度数が低下し、溶けきれなくなったウイスキーの香味成分が出てくるため香りを感じやすくなります。1:3、1:2くらいの割合で水を加えながら飲んでいただくと香り・味の変化を楽しんでいただけると思います。(冷たいほうが甘みを感じます)。みなさんも今宵「ロバートブラウン」を試してみては。


現在の「ロバートブラウン」

現在の「ロバートブラウン」


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