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紅茶の話

第5話 紅茶、新天地へ

3 世界の茶のいろいろ
2つの"ロシアンティー"
世界のいろいろな紅茶の淹れ方(ロシア)

世界のいろいろな紅茶の淹れ方(ロシア)


ロシアの紅茶はサモワールという湯沸かし用のポットで濃いめに入れる。
中国から世界各地へ広がった茶は、それぞれの国で飲まれ方が工夫され、新しい魅力が引き出されてきました。中にはこんなエピソードが残されているものもあります。

レモンを入れた紅茶はレモンティーと呼ぶのが一般的ですが、19世紀末、イギリスのヴィクトリア女王(1819-1901)は、レモンと供に飲む紅茶を「ロシアンティー」と呼んだというエピソードが残っています。

女王がロシアの王室に嫁いだ孫娘のアレクサンドラに会いに行った時、アレクサンドラは遠路はるばるやってきた女王を紅茶でもてなしました。しかし、イギリスのように良質の茶葉が入手できないため、せめてもの香りづけにと、レモンを浮かべたといいます。孫娘のこの心遣いに女王は感激して、イギリスに戻ってからも孫娘との楽しいひと時を思い出しながら、それを「ロシアンティー」と名付けて、折りにふれ紅茶にレモンを浮かべて飲んだといわれます。

ロシアが茶を知ったのは16世紀の中頃で、本格的に輸入されたのは1689(元禄2)年のピョトール大帝と大清帝国(中国)との間で締結されたネルチンスク条項以降のことです。締結以前は国境の不明確な地帯を中心に、粗悪な黒茶類が出回っていましたが、これ以降は正規の茶貿易が開始され、大量の茶が輸入されました。やがて漢口(現在の湖北省・武漢市)に商社を設け、保存性にすぐれた紅茶の磚茶(せんちゃ=団茶)を中心に積極的な輸入を行うようになりました。利益率が高かったこともあり、第一次大戦前はイギリスに次ぐ世界第二位の輸入大国にまで成長したといいます。

当初は中国と同様の飲み方をしていましたが、やがてロシア風喫茶ともいうべき方法を編み出しました。これが今日、私たちがよく知るロシアンティー(ロシアの人々の飲み方)です。これにはサモワールと呼ばれる独特の湯沸かしポットのようなものが用いられます。濃い目に抽出した紅茶を、暖房器具でもあったサモワールの湯で割り、濃さを調節し、ジャムや砕いた砂糖などを口に含みながら飲むのです。W.H.ユーカーズの『ロマンス・オブ・ティー(1936年)』にも「レモンが手に入る時にはいつも一杯の茶に一切れのレモンを添え、ミルクやクリームは用いない。客一人一人に、小さなガラスの皿にのせたジャムと、砂糖用の小皿を出す」と紹介されています。

ヴィクトリア女王が訪れた頃の飲み方が伝わっているのかどうかは定かではありませんが、レモンを加えるのが現在でも普通の家庭の飲み方です。農村部の人々などは、他の果汁などで代用、または少量の酒を加えて寒さをしのぐ飲み方をするようです。

また、ロシアの都心部の住民には郊外のセカンドハウス(ダーチャ)をもつ人々も多く、週末はこのダーチャで家庭菜園での野菜づくりやジャムづくりを楽しみます。ここで作られた手製のジャムを供したお茶をふるまうことがおもてなしの習慣になっており、家庭によって異なる味は、客人の楽しみのひとつになっています。

世界のいろいろな紅茶の淹れ方(ロシア)

世界のいろいろな紅茶の淹れ方(ロシア)


ロシアの紅茶はサモワールという湯沸かし用のポットで濃いめに入れる。


国によって異なる様々な茶の飲まれ方
中国から世界各地へと広まったお茶は、現在、じつに80ケ国以上の国々で飲まれるようになっています。そして、それぞれの地域の気候風土や食生活の影響を受けながら、飲み方の工夫がなされてきました。その一例をご紹介しましょう。

北アフリカ:緑茶にフレッシュミントと砂糖をたっぷり入れたミントティーを飲みます。アルジェリアでは訪問すると必ず出され、出されたら必ず飲むのがマナーです。
トルコ:トルコといえばコーヒーが知られていますが、実は紅茶が主流です。たっぷり砂糖を加えて、一日に何杯も飲みます。オスマン朝(1299〜1922)時代に男性のみが出入りしたカフヴェ(カフェ)に変わり、近年はチャイハネ(茶店)が登場し、男女問わずチャイを楽しんでいます。
インド:イギリスの植民地時代に喫茶の習慣が持ち込まれました。日常的に飲まれているのは、茶葉を煮出した牛乳入りのチャイと呼ばれるミルクティー。それにスパイスを加えたマサラティーも人気です。
モンゴル:乾燥地であるため、水分と栄養補給のため家畜の乳と茶を混ぜた乳茶が1日に約2リットルも飲まれています。来客時にも乳茶をふるまいます。

茶の流通の手段や経路が充実したことで、現在はより手軽に飲める紅茶が広く利用されています。一方でそれぞれの国の立地条件や、宗教・食文化などを背景に育まれた茶の文化は、脈々と引き継がれているのです。

世界のいろいろな紅茶の淹れ方(インド)


インドの街の市場でのチャイ売りの様子
インドの街の市場でのチャイ売りの様子。
深い銅の鍋で紅茶を煮立て、すりつぶしたスパイスと牛乳を加え、仕上げにざらめの砂糖を加える。

沸騰して表面が盛り上がったら茶漉しを通してマグガップに注ぐ。それを右手で頭上高く持ち上げて、左手に持った空のカップめがけて注ぐ。
カップからカップへ注ぎ落とすこと二〜三回。泡がいっぱい立って、ほどよく冷めて飲みやすくなる。これをガラスのコップに移して出来上がり。

唇をとがらせてすすると、甘さが口一杯に広がり、次いでピリッとするブラックペッパーの刺激、カルダモンの爽やかさが感じられる。

インドの街の市場でのチャイ売りの様子

(出典・資料提供:紅茶研究家・磯淵猛氏)

[参考文献]
磯淵猛著『一杯の紅茶の世界史』(文藝春秋)
山北稔著『砂糖の世界史』(岩波ジュニア新書)
松崎芳郎編著『茶の世界史』(八坂書房)
W.H.ユーカーズ著・杉本卓訳『ロマンス・オブ・ティー』(八坂書房)
Linda Stradley『History of Iced Tea and Sweet Tea』
Laura C. Martin『TEA The Drink that Changed the World』
Lyndon N. Irwin『1904St. Louis Worlds Fair 〜The Iced Tea Question』

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