軍隊における風変わりなビールの飲まれ方
1912(大正元)年9月13日──明治天皇大喪の日、乃木希典夫妻の殉死が伝えられた。のちに夏目漱石は小説『こころ』の中で「明治の精神は明治天皇とともにはじまり、明治天皇とともに終わった」と登場人物に語らせているが、明治天皇崩御に続く乃木の殉死は、改めて人々に明治の終焉を確認させた。1904年11月3日、旅順で幕僚とともに天長節(明治天皇の誕生日)を祝う乃木希典(左から三人目)(乃木神社 蔵)
軍旗事件が人生に及ぼした波紋
乃木は1849(嘉永2)年11月11日、江戸にあった長府藩邸(毛利屋敷)に生まれた。幼名を無人(なきと)といい、満9歳までこの屋敷で育った。軍人としての精神を貫き通した人生
1894(明治27)年からの日清戦争では歩兵第一旅団長として旅順攻略を担当、翌年中将に進み、1904(明治37)年からの日露戦争では大将に昇進した。いずれも多数の犠牲を伴い、日露戦争では二人の息子(長男・勝典、次男・保典)も亡くしながらも、日本を勝利に導いた。日露戦争の凱旋将兵を歓迎する日比谷公園園遊会の様子。左上には「生ビール」の文字が見える(『風俗画報』第335号 1906年2月刊/ゆまに書房[CD-ROM]版)
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