(5)風味の多様化
高度経済成長期の日本では、1社につき1〜2銘柄のピルスナータイプのビールがほとんどであったが、1970年代後半からライフスタイルの多様化に歩調を合わせる形で国産ビールの多様化が始まる。
1976(昭和51)年、麒麟麦酒から「マインブロイ」が発売された。通常の「キリンビール」よりも熟成期間を長くとり、ホップの香りが強めの味わいとなっていた。また容器も今までにない緑色のほっそりとした小びんを使用し、高級感のあるビールだった。
また1980(昭和55)年には「キリンライトビール」(アルコール度数3.5%)が発売され、翌年にはアメリカのライトビールの代表的なブランドであるバドワイザーが日本に上陸した。既にアメリカではアルコール度数の低いライトビールが広い層に支持されていたが、日本でも1979(昭和54)年に発売された「ウォークマン」に代表されるように「軽さ」「手軽さ」を打ち出した商品がヒットする世相と呼応したのか、ライトビールも人気を集めた。
ライトとは別の視点で、キレの良さを追求した朝日麦酒は1987(昭和62)年、「アサヒスーパードライ」を発売する。「辛口ビール」という新しい味は時代の嗜好に合致し、歴史的なヒットとなる。
一方、1990年、キリンビールは最初に流れ出る麦汁だけを使った「キリン一番搾り生ビール」を発売し、大ヒット商品となった。