(2)三種の神器とビール
ビールの家庭消費が伸びたもう一つの要因が家電の普及であった。1950年代後半は「三種の神器」、すなわち白黒テレビ、電気洗濯機、電気冷蔵庫が庶民の憧れだった時代である。テレビと冷蔵庫があれば家庭で冷たいビールを飲みながらナイター中継を楽しめた。「ラジオの演芸のために、晩酌の習慣がついたとか、或は晩酌の銚子が一本殖えたとかいう話を、屡々聞く」と太宰治は1938(昭和13)年の作品『満願』に記したが、高度経済成長によって日本人の晩酌は「ラジオと燗酒」から「テレビと冷たいビール」に移行したのである。
ただし、当時の電気冷蔵庫はまだ一般家庭にとっては高額で、所有できる家庭は限られた。1957(昭和32)年の電気冷蔵庫の普及率はまだ3%に満たない。中に氷を入れて冷やすタイプの木製冷蔵庫も戦前から存在していたが、これもすべての家庭に普及しているわけではなかった。まだこの頃は、酒販店で今日飲む分だけの冷えたビールを買い求めたり、井戸水でビールを冷やしたりしていた家庭が多かったと思われる。なお、同時期の電気洗濯機の普及率は20%、白黒テレビは8%であった。
電気冷蔵庫の普及率の伸びは、スタートは緩やかだったが、昭和40年代になると50%を超え、1970年代には90%に達する。ダイニングキッチンという間取りの登場で炊事スペースが広くなったのも冷蔵庫の普及に好都合であった。
テレビや冷蔵庫の普及と歩調を合わせるように、ビールは都市部だけでなく、農村部にも浸透していった。山口貴久男著『戦後にみる食の文化史』には、1974(昭和49)〜76(昭和51)年にかけての家計調査を分析し、焼酎、2級清酒などは地域差が大きかったのに対し、ビールは米や醤油などとともに地域差が少なかったとする結果が記されている。
内閣府 経済社会総合研究所「主要耐久消費財等の普及率」
ビール酒造組合 統計資料「ビールに出荷量」(1960年頃)より掲載