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テーマ別解説

キネマの中のビール

(1)原節子の晩酌
日本映画史上初の晩酌シーンは、1932(昭和7)年の小津安二郎監督によるサイレント映画『青春の夢いまいづこ』とされる。くつろいだ浴衣姿の会社社長(武田春郎)は、団扇で風を送る婆や(二葉かほる)に「旦那様は夕方にビールを召上る時が一番おうれしさうでございますね」と言われてもう一口。当時ビールはまだ高嶺の花で、庶民がこの社長のように自宅で毎日飲むことはできなかった。

1949(昭和24)年公開の黒澤明監督『野良犬』では、酷暑に耐えて捜査に汗する先輩刑事役の志村喬が、若い刑事役の三船敏郎を配給のビールでねぎらう。しかし昭和20年代もなおビールはややぜいたくな酒だった。たとえば、1951(昭和26)年公開の成瀬巳喜男監督『めし』では夫婦喧嘩で実家に戻っていた妻(原節子)が、迎えに来た夫(上原謙)に食堂でビールをおごるが、これは妻の大サービスで、夫婦和解のシンボルとして描かれている。一方、同じ年に小津安二郎監督が手がけた『麦秋』では、東京・丸の内で働く女性会社員(原節子)が兄(笠智衆)にすすめられたビールを慣れた手つきでぐいっと飲み、観客を驚かせた。

昭和30年代にはビールの大衆化が進み、映画では会社員の飲み会といえばビールびんが並べられた。小津監督の『彼岸花』(1958年公開)や、『秋刀魚の味』(1962年公開)で、会社員の笠智衆、中村伸郎らが楽しげにビールを酌み交わすシーンはその代表的なものだ。『秋刀魚の味』でサラリーマンの佐田啓二が後輩に妹(岩下志麻)の印象を聞き出すのも、トンカツ屋でビールを飲みながらである。また、市川崑監督『満員電車』(1957年公開)はビール工場の社員が主人公(川口浩)で、当時のビール工場の様子を見ることができる。
『野良犬』の志村喬と三舟敏郎

『野良犬』の志村喬と三舟敏郎(東宝 蔵 © 1949 TOHO CO.LTD.)


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